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【ソチ五輪】ハーフパイプ銀メダル平野歩夢と国母和宏に共通する「絡みづらさ」

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ソチオリンピックスノーボードハーフパイプで平野歩夢選手が見事銀メダルを獲得しましたね。

朝のニュースなどでは完全にその話題で持ちきりで、平野歩夢選手と同じく銅メダルの平岡選手を現地のスタジオに招いてのインタビューなどが連日行われています。

メディアが平野歩夢選手に接するときの「腫れ物感」

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この平野歩夢選手へのインタビューを見ていて、凄いメンタルだなあと思う反面、ふと何か違和感を感じました。

それは、インタビュアーたちの様子です。
何か腫れ物を触るような感じなんですよ。怖い人と絡まされているかのような何か畏怖のようなものを感じます。
よく考えて見てください。平野選手はまだ15歳で、今回の出場選手の中でも圧倒的な若さです。言ってみれば中坊です。今回のメダル獲得にしても日本人の冬季オリンピック最年少記録の更新とのことなので、あの岩崎恭子さん級の若さなわけですね(岩崎恭子は14歳と6日)。
にも関わらず、インタビュアーの人たちはどこかビビッているというか、異常なほどのリスペクトを感じるわけです。呼び方もほとんどのインタビュアーが「平野選手」ですし。

同じ年齢のときの浅田真央さんには「真央ちゃん!」だったと思いますし、岩崎恭子さんは「恭子ちゃん!」だったと思います。今まさに「沙羅ちゃん!」と呼ばれる高梨沙羅さんだって、平野選手より年上なのです。

フライングガールズ 高梨沙羅と女子ジャンプの挑戦

フライングガールズ 高梨沙羅と女子ジャンプの挑戦

 

 

国母和宏が日本に植えつけたスノボ選手の絡みづらさ

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当然、男女の違いもあるとは思うのですが、これは「チッ、うっせーな。反省してま~す」でおなじみ国母和宏選手が植えつけた、スノボ選手の「只者ではない感」が効いてきているんじゃないかと思うんですよ。

国母和宏選手は良くも悪くもその言動で世間を騒がせましたが、スノーボード選手の反骨精神とか、オリンピックは一大会というスタンスとか、そのファッションにおいてもスタイルの揺るぎなさを発揮し、「カネにもならねえ大会にわざわざ出てやる」的な絡みづらさをアピールすることに繋がったと思います。

それによって、国母和宏選手の日本代表としての立場は著しく悪くなったものの、スノーボード選手のスタイルの堅持と「アイコン」としてのステータス向上にはなったのではないでしょうか。

スポーツ選手が絡みづらくて何が悪い

スポーツ選手の絡みづらさは悪いことではありません。むしろ、最近のスポーツ選手は絡みやすすぎるのではないかとすら思っています。
それは、各スポーツ団体のメディアトレーニングが功を奏しているのかもしれませんが、本田圭佑選手ではありませんが、おちゃらけた番組で面白エピソードを語ることに一定のニーズはあったとしても(私もジャンクスポーツ大好きですが)、それで「カッコいい!」と思われるでしょうか?

本田圭佑の名言「カッコつけることに慣れなアカン。僕はいつもすぐそこにカメラがあると思って生活してる」

プロスノーボーダーはまさに、ボード一枚で世界を飛び回り、ボード一枚で生計を立てる職業です。徹底した自己演出で彩った「憧れ」を商材に自ら仕事とスポンサーを獲得しているわけですから、見られるのは滑りだけではなく、来ているウェアはもちろん、飲んでるドリンクや時には私服までスポンサーの提供だったりするわけで、ファッションや態度も含めたその人の全てが広告となるんですね。「憧れの存在であること」が仕事だと。

でも、本来、これって全スポーツで共通することのはずなんですよね。
どんなスポーツにも「憧れ」があるから人は惹きつけられ、次世代が育つんです。
メディアの皆さんが、15歳の平野歩夢選手に対してある種の畏怖と敬意を持って接している状況っていうのは、私は本来、メディアが全スポーツ選手に対して取る必要のある態度なんじゃないかなと思うんです。
手の届かない存在であるべきということではなく、やはり「超人たち」なのですから、リスペクトを持った接し方が必要だろうなと。そして、そのリスペクトが次世代を育てることになるんじゃないかなと思うんですね。

 

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