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アステラス製薬のCMがマジで泣ける「僕は、アステラスのくすり」(動画あり)

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ヤバイ、ホントにヤバイ。泣けすぎます。
初めて電車のドア横広告で泣きそうになりましたよ。

アステラス製薬 | 明日は変えられる。 | 僕は、アステラスのくすり。

特に第五話、第六話のガンのお父さんの話で涙腺決壊しました。
動画張っときます。

第五話「パパとぼく/娘への思い」

第六話「パパとぼく/結婚式」

ガンと父の話

私も、22歳の時に父を亡くしておりまして、やはりガンだったんですよ。

見つかった時にはすでに末期のすい臓ガンで、余命3ヶ月でした。その数日前まで、海外旅行に行ったりしてアクティブに過ごしていたので、宣告されたときは「何で親父が?」と言う感じでした。

父も52歳とまだまだ現役。生きがいにしていた仕事の方も大プロジェクトが大詰めで、復帰を強く希望しており、出来る治療は全部やる覚悟で闘病しました。我々家族もその思いに応えようと、懸命に看病しました。一日も欠かさず見舞いをし、何日も病院に泊り込み応援しました。しかし、病気の進行はあまりにも早く、父は日に日に衰えていったのです。

振り絞れる気力は全て振り絞っているのに、目に見えて衰えていくその様を見るのはとてもつらかったですね。

入院し始めて三ヶ月。その間に何度も生死の狭間を彷徨いながら、気力で持ちこたえてきた父。その頃には、父も家族も間もなく訪れる「別れ」をある程度覚悟していたと思います。しかし、一縷の望みにかける父を前に、誰一人そのことを口には出さなかったのです。

最期。それは明け方でした。

前日から病室に泊り込んでいた私と母の目の前で、父の容態が急変しました。それまでにも何度か危ない急変はありましたが、今回は本当に最期だというのが何となく分かりました。そしてついに、医者から延命か否かを迫られたとき、母は静かに首を横に振りました。
「もう十分戦った」と。

結局、亡くなる30分前くらいに「夜番の男性看護師の仕事ぶりがいい」という話で父と笑いあったのが最後の会話になってしまいました。

父は、第六話のパパさんのように、私の結婚式には参加できませんでした。しかし、最期の時まで家族が一丸となって父のために力を出し尽くせたことで、少しは親孝行が出来たかなと思うのです。

くすりの力だけで何とかなるとは思いませんが、最後の瞬間に笑いあえたことは、病院の様々な処置や適切な投薬による緩和があったからだと思うのです。七回忌を終えた今も感謝して止みません。

そんな思いが湧き上がってきて、この広告はヤバイです。本当に良作だと思います。

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最期の川

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