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【ソチ五輪】ジャンプ葛西紀明の名言「メダルで妹も元気になってくれるかな」

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まさにレジェンド、「中年の星」です。

葛西紀明選手、41歳。
ソチオリンピックノルディックスキー・ジャンプラージヒルで見事、銀メダルを獲得しました!
1994年リレハンメルオリンピックでの団体銀メダル以来、20年ぶりのメダルということで、まさに存在が日本のスキージャンプの歴史そのものです。

今回のソチ五輪には葛西紀明よりも若い上実績もある選手はいっぱいいるのですが、皆、年齢には勝てていませんでした。元五輪金メダリスト「シモン・アマン」や、ワールドカップ優勝回数36回の元世界チャンピオン「ヤンネ・アホネン」など葛西よりも5つ以上年下の世界チャンピオンたちは、それぞれ22位、23位と完全に往事の輝きを失っています。
そういうベテラン達の老いを目の当たりにして、さらに葛西選手のすごさが際立って感じますね。

日本ジャンプ陣 栄光への挑戦!

日本ジャンプ陣 栄光への挑戦!

 

葛西紀明選手が背負っていたもの

さて、「悲運のジャンパー」と言われる葛西選手。
選手としてなかなかタイトルに恵まれなかったという意味もありますが、そのプライベートにおいてもかなりの苦労人であるという点も「悲運」という言葉には込められています。

時事ドットコム:「メダルで妹も元気に」=家族への恩返し−葛西紀明選手〔五輪・スキージャンプ〕

【ソチ時事】ソチ五輪ノルディックスキー・ジャンプ男子ラージヒルで15日、葛西紀明選手(41)=土屋ホーム=が銀メダルを獲得した。数多くの外国メディアに囲まれた記者会見では、これまで支えてくれた家族に対し、感謝の言葉を並べた。

 1998年長野五輪の前年、実家の火事の影響で、母幸子さんが48歳で亡くなった。「僕を支えてくれた、一番大事な母だった」。五輪に挑むたび、母からもらった大事な手紙を読み返しては、勇気をもらった。今回、あえて手紙を日本に置いてきた。それは、母の存在に頼っている自分に気づいたから。「自分を強く持ってやろうと思った」

 妹は若い頃から病弱で、現在も闘病中。それでも、いつも自分のことを気にかけて、ソチ入り後も、病床から毎日のように励ましのメッセージを送ってくれた。「いつかメダルを取って、恩返しをしたいと思っていた。これで妹も元気になってくれるかな」

 「50歳までやる」と公言している葛西選手。4年後の平昌五輪は、日本に近い韓国で開催される。移動もそれほど負担にはならないため、北海道から初めて家族を呼ぼうと考えている。「おやじも姉ちゃんも涙を流しながら応援してくれた。(次の五輪は)みんなで応援してもらいたいね」と、柔らかい笑みを浮かべた。

母の死、そして病弱な妹。
葛西選手が背負っていたのは日本の期待だけじゃなく、家族の希望も背負ってたんですね。ええ話や。

歳を取ってもレベルアップを続けている葛西紀明選手。45歳になる次回の五輪ではもう金メダルしかありませんね。

不屈の翼

不屈の翼

 

 

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